一度閉鎖したブログなのですが。。。アメフトの面白さに観戦記を記すことにしました。その日のノリで応援チームを決め、チアリーダーをデレデレ眺めながら一生懸命応援する変なオヤジのブログです。


by quesaisje00

僕はダーヴィニアンレフト(左翼)である

 まあ右か左かという2分法自体に意味がないといわれればそれまでなんだが,最近誤解されやすいので一応表明ということで.

 自分は一昔前の左翼の指導者ピーター・シンガーの教えに習い,『現実的な』左翼になるように,また,共和的思想を持つからといって権力を持つことや政治的な力を持つことを忌避しないように努力してきた.また,常に冷静になるべく客観的に現実を見ることが問題の解決につながるという信念から,なるべく多くの情報を得るようにできる範囲で努力しているつもりである.一方で,その結果,最近知り合った人々から自分の言動の一部を曲解され,いわゆる右翼的というか,差別的,軍国主義的人間として自分を見られることに困惑している.僕の知人のすべてがこのホームページを見ているわけではないが,ここに記して態度表明としたい.私はめったにないほど理想主義的で共和的な思想を持つ人間だと自分のことを考えている.

以下要旨を箇条書きにした.それぞれについて短評したのでよかったらクリックして読んで欲しい.

1 私は共産主義には反対している
2 私は国家の戦力の完全放棄を理想としている
3 私はダーヴィニアンレフトである
4 私は何が正しいかではなく,どう物事を改善できるかと問題にしたい
5 私はなるべく客観的に問題をとらえようとしているし,問題を語る上ですべての人が,なるべく客観的な視点を持つことを努力すべきだと考えている
6 私は現実と理想を区別して考えている
7 私はあらゆる差別や暴力に批判的である



1 私は共産主義には反対している

 私は心理学をベースとする行動科学者であり,学問的な観点からマルクス経済学的な経済モデルに賛成できない.また,共産主義社会についても非常に懐疑的である.経済的には私は『ほどほどに大きな政府』を理想というか,自分の理想と現状の研究結果との妥協点においており,比較的大きな政府(公共サービス・事業や福祉政策の充実した政府)を目指すという点ではいわゆる左翼政治勢力に共感するが,それ以上のあまりにも理想的すぎる主張には同意しかねる.これについては,フロイトが100年前に『精神分析学入門』で簡単にマルクス主義について評論しているのがかなり的を射ていると思う.


2 私は国家の戦力の完全放棄を理想としている

 これについては6も必ず併せて読んでいただきたいということをまず先に述べておく.
 私は戦争に反対しており,本気で全世界の国家やそれに類する勢力が戦争のための集団を持たない時代が来ることを目指している.具体的には,今から約300年ほど後に現在よりもかなり多くの責務を世界政府にあたる組織が負い,その結果として国家間の争いが解消されることを夢見ている.また,それについて自分ができることがあればできるだけ努力したいと考えている.

3 私はダーヴィニアンレフトである.
 私は進化理論や進化生態学に学問的なよりどころを求めるダーヴィニアンレフトと呼ばれる左翼思想家である.具体的には,あらゆるシステムにおけるヴァラエティの重要性,差別の普遍性とその害,共和的・左翼的な思想がシステムを長期的に改善する効果について社会に訴えようとしている.
 進化理論は,過去どちらかといえば右翼の主張であったり,差別を合理化することに用いられることが多かった.現在でも『俺のDNAがこうさせた』『生存競争の結果こういう人々が生き残っている』などの主張がよく見られており,差別的であったりエゴイスティックであったりする主張の合理化に用いられるケースが多いようだ.
 しかし,進化生態学等についてほんの少しでも学んだことがあるならば,多くの右翼的な進化思想は誤りであることがわかるはずだ.ここではほんの少ししか紹介しないが,例えば,現在生き残っている生物は決して優れているから生き残ってきたわけではないし,いわゆる社会的弱者が常に淘汰されるべき生物であったり,常にシステムのパフォーマンスを低下させる存在であるわけでもない(このあたりについてメイナードスミスなどの本をぜひ読まれることをおすすめする).
 私見では,近年の進化生態学をはじめとする進化研究は,例えば種がどれだけのコストを払って自分たちに多様なヴァリエーションを存在させようとしているか,なぜ差別的な行動を抑制させる動きが生まれ,それによって集団などが改善するのかということについて示している.私は,これらにむしろ左翼的な理想のあるべき姿と発生起源,そして,どのように左翼思想が社会の役に立てるかを見ている.

4 私は何が正しいかではなく,どう物事を改善できるかと問題にしたい

 私は意思決定を専門とする行動科学者である.その上で,システムの改善に興味を持つシステム理論家であり,自分の研究が世界システムの改善に貢献できることを夢想している.
 一方で,何が正しいかとか,これは差別だとか,表現の問題その他にはほとんど感心がない.ここはデリケートな部分だが,あえて踏み込むと,例えば日本やドイツ,イタリアの戦争責任に対する謝罪問題についてなどがそうだ.私はそこに不幸な人がいるなら,その人たちをより幸福にすることについてすべての可能性を考えていいと思う.一方で,誰が悪いか,どれほど悪いかを延々と議論するのは気が進まない.また,誰が悪いか,どれほど悪いかばかりをずっと訴える人々について,それが純粋なものであればもちろん人として同情する.しかし,一方で,冷酷なようだが復讐について考えることについてやめ,より幸福になることについて考えることを薦める.
 蛇足だが,第二次世界大戦に限定して考えると,日本と特定の国のみに戦後の賠償問題が延々と残っていて,他はほとんど問題にもならないのは,当事者間の対応に誤りがあったのは明らかであり,それについて当事者たちは反省すべきだ.それについては日本の左翼は自虐的でありすぎ,日本の右翼は問題を限定して考えすぎる.これについては,先に書いたような分析から考えると,最初の事件それ自体の存在よりも,その後の当事者の間の交渉過程が問題であり,私にいわせればかなりテクニカルな問題だと思う.

5 私はなるべく客観的に問題をとらえようとしているし,問題を語る上ですべての人が,なるべく客観的な視点を持つことを努力すべきだと考えている

 こんな当たり前のことについて改めて態度表明することについて,多くの人は笑うかもしれない.しかし,現在多くの人文科学,社会科学において,そして時には自然科学においても,『客観性』そのものを疑う研究が盛んであり,その結果あえてこのことを明記しておく必要がある.
 こんなことを書くのもうんざりだし,ほとんどの人は以下の説明だけで納得して頂けると思う.確かに人間が,ひいては僕がパーフェクトに『客観的』であったり,『理性的』であったりするのは難しいと思われる.事実上不可能だろう.しかし,それは客観的であろうとすることの重要性を減じるものではない.私たちは,私たちの限界について知り,それに謙虚でありつつ,しかし事態の改善についてできるだけのことをしていくべきだ.
 蛇足だが,自分は研究者として,『主観的』な分析の価値を大いに認めるが,もしそれのみから結論や事実を引き出そうとする動きがあれば断固としてそれに反対する.そして,ほとんど多くの場合において,人間が科学的手続きにのっとって構成した疑似客観的な事実の積み上げは,ものごとを積み上げるのにほぼ十分であると考えている.しかし,そこで満足することなく,『客観性』そのものを疑う,あるいは『主観的』な立場からの批判についてオープンでなければならないだろう.これについては言葉不足な感があるが,次に進みたい.

6 私は現実と理想を区別して考えている

 私は,自分でも呆れるほどの理想主義者だが,現在の私は理想ばかりを追ってはいない.例えば今すぐ世界中の国家やそれに類する勢力に所属する軍隊をなくせと主張しようとは思わない.現状ではそれはむしろシステムを悪化させることは明らかだからだ.
 一般に,システムの急激な変化を志向するアプローチに私は批判的である.漸進的で平和的な,しかし不断のの努力の結果,なるべく世の中がよくなることを私は夢見ている.
 ですから,私は現実の政策については現実的で冷静な政策を支持したい.核兵器を廃絶せよとか,戦争をやめろとかの抽象的な理想のみを掲げるデモに参加しようとは思わない.明らかに悪意を持った個人あるいは集団が,対話だけで常に改善するとは考えない.現状では国家はそれなりの防衛力を持つべきだと考えるし,また,ゲーム理論の主張するとおり,相手の悪意ある行動を我慢あるいは放置することが,結果としてシステムを悪くすることは十分あり得ると考える.その意味で,ある状況下のあるプレイヤーにとっては,長期的な平和や利得のために平和よりもむしろ戦争や抗争の選択肢をとるべき時があるという研究結果を支持する.

7 私はあらゆる差別や暴力に批判的である

 最後に一つだけ倫理の問題を書いておく.当たり前だが,自分は差別や暴力に反対する.ただし,『ぜったいにあってはならないこと』というよくあるコメントには欺瞞を感じる.自分が研究した限りでは,これらがなくなることはありそうにないし,絶対にあってはならないという存在ではないように思えるからだ.これについては以下かなり煩雑な議論になるので省略するが,ないほうが好ましいからといって,あることを否定したり,あること自体を問題視するのは間違っているというのが自分の考えである.
 私はよりよいシステムのためにできるだけ貢献できればと考えている.それには,やはり現状を見据えてできることを一つづつやることだと思う.また,忘れてならないのは,それと共に,ある程度共通した理想像を人々が抱き続けることであろう.


 最後に,いわゆる左翼と右翼というのは現代ではむしろ対立する考えではなく,むしろ行き着くところは同じであろう.というより,本来それらは同じところを目指す上でのルートについての論議でなければおかしい.
 現代では,左翼と右翼の敵は,お互いよりもむしろ無関心である.少なくとも,私の周りの若者は,政治や社会についてほとんど何の理想も抱いていない.さらに,左翼的な人類愛や共和精神も,右翼的な愛国心や誇りも持っていない.ただひたすらに巨大化したシステムのうえの塵芥として,『自分ひとりがうまくやっていくこと』しか考えてない.言い換えれば,彼らは彼ら自身が作り上げているところのシステムに対して自分自身の関与をほぼ0に見積もっており,その改善や自分たちからの能動的な変化について全く関心がないばかりか,その可能性について考慮してみた経験さえない.これらについて,右翼と呼ばれる勢力は最近非常に積極的に憂いを表明し,活動しており,これについて左翼勢力は評価しなければならない.悪しき左翼勢力の活動が,特に教育の世界に入り込んだ結果特に日本社会において理想像を喪わせたという現実は無視できない.
 そこで私は考えるのだ,私たちは今何をすべきなのか,を.

 
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by quesaisje00 | 2006-09-20 12:43 | 社会